ナギとなつきの高いもん喰わせろ
第1回 カッコイイ浴衣について
今さら発覚した(?)ナギとなつきの出会い
なつき:今年もついに、おえぇぇぇ〜!!! な季節がやってきたわよ〜〜!
ナギ:えーっと、要は、
月影屋の浴衣が売れる季節が来ました、ってことね(笑)。で、今回は対談第一回目ということで、お題が「カッコイイ浴衣について」なんだけど。
なつき:でもさぁ、これについてはもうさんざん語ってきたから、今さらもう言うことなんて、ない! 以上! 本日はこれにて終了〜!
ナギ:でもそれ、バー月影とかで酒飲みながら内輪で話してただけだから(笑)。改めて聞くけど、なつきさんにとって
「カッコイイ浴衣」ってどんなの?
なつき:
…それはやっぱり、、月影浴衣じゃないかしら〜〜?
ナギ:
…(笑)
なつき:
…(笑)
ナギ:話が終わっちゃったね(笑)。
なつき:でもまぁ、そもそもさ、ナギさんがウチの浴衣を買ってくれたのって、もう10年以上前だよねぇ?
ナギ:2004年かな、まだ月影浴衣はヨコシマしか売ってなかったかな。
なつき:
…ちょっと。今、すごいことが発覚しました。もしかしたら貴女は、
月影浴衣の初めて顧客なのではないでしょうか!!!
ナギ:えーーっ! 今さら発覚?!
なつき:そうよ。月影屋は最初は帯をつくってたんだけど、2004年にヨコシマの浴衣を初めてつくったのよ。
ナギ:知らなかったよ(笑)。でも今でも忘れないけど、ラフォーレ原宿で、
白と紺だけのシンプルなヨコシマの反物を見て、もうその場で速攻「コレ買いますっ!」って。
なつき:お財布のヒモの固い貴女が、よくその場でお買い上げくださったわよね(笑)。
紀尾井町で閃いた「白と紺の浴衣」
ナギ:その頃ね、
鏑木清方のエッセイとか読みこんでて、
夏を涼しく過ごすには浴衣は白と紺に限る、って書いてあって。そういうのに憧れてたの。でもその当時は、紺と白のシンプルな浴衣なんて、全然売ってなかったから。だから衝撃的だったよ、ホント。
なつき:ちょっと前までは、白と紺の浴衣って、踊りとかクロウトさんの浴衣か、温泉浴衣くらいしか見なかったわよね。
ナギ:そうそう。若い頃、百貨店の呉服売り場で働いてたことあったけど、カラフルな浴衣ばっかりだった。でも、昔はそうだったよね。私、高校生のとき既にカラフルな浴衣が好きじゃなくて、白紺のジミな浴衣を仕立ててもらったもん。綿紅梅の小紋だから、今見ると浴衣って感じじゃないんだけど、そういうのしか売ってなかったから。でも、今でも着てるよ。
なつき:あたしはね、もう最初っから「白と紺の浴衣しか作らない!」って決めてたの。
ナギ:そうなんだ。
なつき:あるときね、友人とお酒飲んでて、急に「あ、ヨコシマの浴衣を作ろう」って降りてきて。で、その3秒後に
「浴衣は金輪際、白と紺しかつくらない!」って決めちゃったの。そのときの場所はニューオータニでしたねぇ、
紀尾井町のね。あそこはいい土地柄でございますねぇ。
ナギ:まぁ。紀伊藩・尾張藩・井伊藩の紀尾井町ね。上智大学のお隣だわね。
なつき:貴女の出身校だわね。
ナギ:やっぱり江戸城に近い土地は、いい空気が流れてるのかもねぇ(笑)。
なつき:その紀尾井町のニューオータニでさ、
伊勢型紙を使って染める、ってことまで、パパッと決めちゃって。あたしはね、何か決めるときは何でも3〜5秒で決めちゃうの。ヘビ革で帯をつくるることを思いついたときもそう。3秒で決めちゃった。
ナギ:そう言えば、改めて聞くけど、月影屋は帯屋さんから始まったって言ってたけど、帯はいつから作り始めたの?
なつき:2000年くらいから帯を作り始めて、2001年には
スパンコールの帯とか、
蛇皮の帯とか作ってたわね。2002年には
写真の帯も作ってたわよ!
ナギ:なつきさんに聞くと、「月影屋」立ち上げもパパっとスムーズだったように聞こえるんだけど、何かコンセプトとかを練ったりしなかったんだ?
なつき:よくさ、インタビューとかで「ブランドのコンセプトは?」とか聞かれるんだけどさ。
ナギ:だろうね。
なつき:ねーーんだよ、そんなもん。
そんなものは、ございませんっ!
ナギ:あははは!
なつき:コンセプトとか、いつも取材とかで聞かれて困るのよ。でも、本当に困るのはインタビュアーさんだよなぁ、と。そう思うと可哀相だから、たまにウソ言ったりしてる。
ナギ:意外と優しいんだね(笑)。
なつき:でもそうすると忘れちゃうんだよね、自分の言ったことを。だってウソだからさ(笑)。でもホントに、コンセプトとか特になくて、「あ、こうしよう!」っていうのが
降りてくるだけなんだよねー。そんなね、コンセプトとかはね、デザイン男に任せとけばいいのよーっ!
ナギ:出た! デザイン男(笑)。
(※デザイン男:重田なつきが苦手とする特に商業デザインを職業にしている人々。と言っても話にしばしば出てくるので、実はむしろ好きなんじゃないかという疑いもある。)
抜き衣紋と広衿仕立てこそが、美姿の秘訣。
そして、「いい景色」問題とは?
ナギ:じゃあ、次の話題にいきましょうか(笑)。最初に「カッコイイ浴衣」ってどんなの? って話がちょこっと出たけど、
浴衣の美しさのポイントは、やっぱり衿もとにあると思うんだよね。
なつき:特に、衣紋ね!
ナギ:着付け教室では「衣紋はゲンコツ1個分くらい抜きましょう」とか指導されたりすると思うけど、月影浴衣でゲンコツ1個分にするのは、至難のワザ(笑)。
なつき:あたしなんて、ゲンコツ何個分か? って話よ!
ナギ:
ゲンコツ4個分くらい
…? 衣紋っていうか、背中だね(笑)。
なつき:そう言えばこの間、背中に湿布貼ってたら...余裕で...見えてたみたい!
ナギ:(笑)。でもね、こここそ、月影浴衣の画期的なところで。そもそも最初から
衣紋をグッと抜いた形で仕立ててある浴衣って、今までなかったから!
なつき:昔の、粋筋とかクロウトさんは、自分なりに衣紋の繰越しを多くして、衣紋が自然に抜けるように仕立ててもらったりとかはあったと思うけど。でも、仕立て上がりの浴衣で、ここまで衣紋が抜けてるのは、月影屋だけね!
ナギ:私調べでは、昭和の戦前から戦後にかけては、ずっと「衣紋を抜かない」スタイルが流行定着してたんだよね。私、
宇野千代が主催していた『きもの読本』って雑誌を全号持ってるんだけど、グラビアでも衣紋を抜かずに着てるし、有名人インタビューとかでも杉村春子先生が「衣紋を抜くのは嫌いです」とか言ったりしてる(笑)。
なつき:時代によって、美的感覚は変わるわけね〜。でも、今の時代は、やっぱり衣紋抜いたほうがカッコイイと思う。月影浴衣の繰越しなんて、実質
3寸あるからね!
ナギ:鯨尺1寸=約3.8cmだから、実質11.4cmか。なかなかグッサリ開いてるねぇ!
なつき:だってさぁ、
あたしたち、髱(タボ)があるじゃな〜い?
ナギ:髱(タボ)があること前提...(笑)。
なつき:そうよ。髪が長い人は、髪をふくらませて結うじゃない? そしたら髱(タボ)もふくらむから、衣紋抜いてないと邪魔じゃな〜い?
ナギ:日本髪のときも髱(タボ)が大きいから、衣紋抜いてないと襟が汚れちゃうもんね。だから芸者さんとかも、月影屋並みに衣紋を抜いてるよね。
なつき:あたしね、お洋服を買うときも、襟ぐりの形にすご〜くこだわるんだけど。その襟ぐり問題について語ってたら、私の敬愛するおネエさん(60代・男性)が、
「髪と襟は、顔の額縁よ!」って名言を吐いてさ。それは浴衣も同じで、髪と衿こそが大事なのよと! そう思いませんか?! 皆さん!
ナギ:衿と言えば、衣紋だけじゃないよね。月影浴衣に関して言えば、「広衿」で仕立ててあるのも画期的で、目からウロコだった。
なつき:ハイ。仕立て上がりの浴衣で、「広衿」仕立てなのも、
月影浴衣だけでございます。
ナギ:普通の浴衣は「バチ衿」っていって、最初から衿を半分に折って縫い付けてあるんだよね。一方、「広衿」仕立てだと、半分に折って縫い付けてないから、通常のキモノと同じように衿を好きな幅で折ることができるし、何よりもね、
衿もとがふっくらとして厚みが出るところがステキなのよ。
なつき:そうそう、「広衿」だと衿もとがふっくらとして、女度がアガるの!
顔に近いところを大事にしないでどうする?! 顔がマズければなおさらよ! 補うのよ! アナタたち!!!!!!!
ナギ:ちょっと落ち着いて〜!(笑)。でもホント、浴衣ってそもそもカジュアルなものではあるんだけど、「広衿」だと、よりキモノに近くなって
エレガントになるなぁ、と。
なつき:「広衿」のほうが
ゴージャスになるのよ。
…っていうかさ、何だって、狭いより広いほうがいいでしょ! 土地だって狭いより広いほうがいいでしょ! それとも狭いほうがいいのかっつーんだよ?!
ナギ:ハイハイ、広いほうがいいです、ハイ(笑)。
ナギ:そして何度も懲りずに、今回のテーマに引き戻す私ですが、「カッコイイ浴衣」ってどんなの? について、話しませんか
……(泣)
なつき:じゃあ、カッコイイ浴衣の条件を挙げていこうよ。まずは、涼しげ!
ナギ:白と紺!
なつき:抜き衣紋!
ナギ:…って、それって結局、月影浴衣じゃん、っていう(笑)。
なつき:まぁ、月影浴衣がカッコイイのは前提としよう(笑)。ありがたいことに、月影浴衣って、着てくれる人が、みんなカッコイイわけ。みんなが知っているところであげると、箭内道○さんとか美○純先生とか。つい最近だと渡辺直○ちゃんとかね!(笑) だから、カッコイイ浴衣っていうか、カッコイイ着姿なのよねぇ、結局ね。
ナギ:カッコイイということの定義っていろいろ解釈次第だけど、「
存在感がある」っていうのは、ひとつ言えることだね。単に、整った顔とか、モデル体型とか、そういうことでは決してないというか。
なつき:あとね、「
いい景色」っていうのが大事だね。 2000年だったかな、初めて新橋に見に行った歌舞伎が、
菊之助の弁天小僧でさ。「まぁなんと、
当代一の男が出てる!」と思ったね! しかも、同時に上演してたのは
新之助の助六で、「こーのーはーちーまーきーのーごふしんーかー」(モノマネ入る)ってやってたけどさ(笑)。まぁ、菊之助や新之助(十一代目 市川海老蔵)が出てる舞台のいい景色だったこと! なんとまぁキレイな男が出てると思ったね!
ナギ:やっぱり月影浴衣の発想は、歌舞伎からなのね。
なつき:そうよ! 結局さ、
我々は、歌舞伎が好きだもんね〜〜!
ナギ:そうなのよね〜。私も「どうして江戸文化とかキモノとかが好きなの?」って聞かれると、「何でかな?」って実は答えられない(笑)。実際は、江戸明治あたりを舞台にした映画や小説、歌舞伎が好きなんだよなぁ、と思う。
なつき:要はさ、浴衣がどうこうじゃなくて、「いい景色」が好きなだけなんじゃない?
ナギ:あー。
なつき:いい景色のなかに、いい男がいるっていうのもそのひとつだけどさ。あたしね、歌舞伎の舞台でさ、
浅葱幕がパッと落とされて、大向うの掛け声が入る瞬間とか、「なんていい景色だろう!」って思うわけ。
ナギ:キモノや浴衣は、あくまでも、その一部であってね。
全体における構成要素のひとつなんだよね、実際は。
なつき:やっぱりね、カッコイイ着姿について考えるにはね、
歌舞伎について考えたほうがいいと思うよ! 我々が、なぜ
こんなに歌舞伎に魅了されるのか? ナギさんなんか、歌舞伎座に毎月通ってるじゃない? いつも何を見てるの?
ナギ:ありとあらゆるものを、血眼になって見てるよ。衣装、髪型、色彩、動き、踊り...。
なつき:あたしはね、
舞台の書割りを見てるね。いつも2階桟敷席なんだけど、そこからパーッと広がる書割りをさ、酒呑みながら見るのが素晴らしいのよ。だから、細かいとこは見てない。
ナギ:衣装とか、特に見てないんだ(笑)。
なつき:よっぽど好きな役者以外は、あんまり見てない(笑)。
ロココもバロックも日本文化も、
要は「絶対値」の問題です!
ナギ:でもね、細かい話になるけど、日本のデザインってキモノの模樣ひとつとっても、スゴイなって思う。独特の洗練というか、
抽象化がスゴイ。
なつき:あたしたちさ、西洋文化も好きじゃない? ロココ装飾とかさ。
ナギ:
ロココとか、
バロックとか、大好き!
なつき:ヴェルサイユ宮殿とかね!
ナギ:キャー。ヴェルサイユ宮殿〜〜っ!
なつき:実は、月影浴衣の「
ヴェルニャーチの浴衣」って、ロココ柄ですわよ。同じ柄で、スカジャンもつくってるからね。
ナギ:浴衣やスカジャンの柄にまでなっちゃうなんてね、
ルイ15世もビックリだね(笑)
ナギ:でもね、そういうロココとかバロックとか好きっていうと、「意外!」って驚かれたりするんだけど、西洋とか日本とかそういう区別って実はなくて。ものすごく歴史的な蓄積があって、ものすごく深みのあるものって、何でも面白いじゃない?
なつき:それはね、
「絶対値」の問題なのよね、ベクトルじゃなくてね。
ナギ:うんうん。絶対値が大きいものは、どんな方向のものでも面白い、ってことだよね。
なつき:でもさ、特に、日本のデザインって、洗練具合が尋常じゃないのは確かでさ。
ナギ:日本のものって、
引き算っていうか、どれだけ不要なものを取り除けるか、って方向に振り切っちゃってるよね。でも、ロココとかバロックとか、西洋古典文化って、基本的にどれだけ盛れるか。これでもか〜ってくらい盛りまくるよね。ダメ押し的に、最後に顔までくっつけてね(笑)。
なつき:顔、くっつけるよね〜(笑)。「ヴェルニャーチの浴衣」にも顔、入れといたよ! 西洋文化ってさ、もし日本文化の影響がなかったら、引き算の洗練に達するまでに軽く
5億年はかかったと思う(笑)。
ナギ:あははは! でもさ、盛る方向には盛る方向で、盛る洗練があるとは思う。
なつき:あー、確かに。どのベクトルにも、洗練はあるだろうね。そう言えば、
日本にも、盛る方向のものはあるしね。
ナギ:あるね! 桃山文化とかね、日光東照宮とかね。
なつき:九谷とか伊万里とかね、好きだなぁ。
ナギ:でもね、ひとつ言えるのは、日本ほど引き算方向に洗練を極めた文化は、
世界的に見ても珍しいとは思う。普通はやっぱり、盛る方向にいくもん。お金があったら。
なつき:だよね〜、それが人情よねぇ。何でだろう?
ナギ:うーん。ものがなかったとか?
なつき:資源がなかったってこと?
ナギ:神道の伝統の影響とかあるかも?
「素であること」「何もないこと」が尊くて美しい、という美的感覚。
なつき:神道ね〜! 神道の神さまって言っても、なーんにもなかったりするもんね。
ナギ:神さまの依り代も、単なる石ころとか、木とか、紙とか(笑)。
なつき:月影屋店内にも
月影神社がありますけども。あの簡素で素っ気ない白木の神棚だからこそ、神さまがいらしてくださるわけよね〜。
ナギ:あとさ、人間って、一生懸命努力したこと=価値がある、って捉えたくなるじゃない? 古代の神道の伝統により、きらびやかに盛りたいという自然な欲求を抑えて、簡素な状態を頑張ってキープし続けているうちに、そこにこそ美的価値があると、価値転換していったとか。あくまでも想像だけど。
なつき:なんかそれ、日本人っぽいわね〜(笑)。
ナギ:それに、江戸時代になると町人文化になるじゃない? 町人はお金は持ってるから本当は贅沢したいけど、それは法律によって禁じられていて、あからさまには盛れなかったり。
なつき:あー。
あたし、江戸時代だったらお縄になってたかも...。
ナギ:帯がそんだけギラギラ光ってたら、まず引っ張られるね。
なつき:「浴衣は白と紺でジミにしておりまする〜! お許しを〜!」って言ってもダメ?
ナギ:浴衣の柄が
「春画」の時点で、やっぱりお縄だろうね(笑)。
なつき:えーーーん!!!
歌舞伎の「土手のお六」に学ぶ、
ワイルドサイドの歩き方
ナギ:だからやっぱりね、西洋か日本かとか、盛るか引き算かとか、そんなことは究極的にはどちらでもよくて。バロックの盛りっぷりと同じ「絶対値」で、日本の引き算っぷりの「絶対値」があって、それくらい
「振り切ったギリギリのところにあるもの」っていうのが、カッコよさのひとつの指針になると思う。
なつき:だからさぁ、それって要するに、
「ワイルドサイド」でしょ!!!
ナギ:あーそうだった! 私たちがトークイベント「カッコイイ着物姿って何だろう?」(2011年)をやったときに結論に至った、かの名高い「ワイルドサイド」ね!
なつき:
池田重子さんも、同じようなこと言ってたじゃない? 2011年に池田重子さんの「日本のおしゃれ展」に一緒に行ったとき、館内で上映されてた池田重子さんのインタビューでさ。
ナギ:もう、泣きそうになったよね! 「早くメモ!メモ!」ってね。池田重子さんいわく、「崖っぷちを歩いてるようなもんで、こっから下へ落ちたらば、命がなくなる。でもこっから向こうへ行くと、ちょっと野暮ったくなる。このギリギリの線、これは一番魅力がある美しい線だと思います」と。
なつき:このギリギリの、生死を分けるラインのことを、我々は「ワイルドサイド」と呼んでるわけだけど。やっぱり「絶対値」なのよ。こう、「絶対値」の目盛りがあったとしてね、プラスとかマイナスとかの方向性はどうでもよくて、
プラス9とマイナス9は同じくらいいい、と。
ナギ:うんうん。プラスにしろマイナスにしろ、中途半端でモヤモヤしてるのは、どっちにしろ野暮ったい、と。
なつき:さっきも話に出た、私の敬愛しているおネエさん(60代・男性)もこう言ってたの、「『中の上』とか『上の下』とかじゃダメよ!
『下の上』を目指しなさい!」って(笑)。
ナギ:下の上! 素晴らしい!
なつき:でもこれってさ、我々の大好きな歌舞伎の
毒婦とか
色悪にも、通じる話じゃない?
ナギ:あー。
南北劇とか、まさにそうだね!
なつき:おえぇぇぇ〜!!! 南北劇〜〜!!!!!
ナギ:私、大学の卒論が、南北の『東海道四谷怪談』と『忠臣蔵』についてだったんだけどね。南北劇の特徴って、価値の転倒というか、
価値の相対化と言ってもいいと思うんだけど。世間一般では皆さん「プラス」にしか価値を認めないけど、「プラス」も「マイナス」も全部同じだよ、と。「上」も「下」も、「右」も「左」も、全部同じだよ、と。そういうところが、南北劇のゾクゾクするところなんだよねぇ。
なつき:カッコイイわね〜! あたしさ、南北の『
於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)』が大好きでさぁ。 セリフも覚えてるわよ!
土手のお六のゆすりの場でさ、「おめぇさん方が、よってたかって叩き殺しなすったんだよぉ!!」(
玉三郎のモノマネ入る)
ナギ:月影屋ッ!
なつき:そう言えば、土手のお六の浴衣も、実はつくったんだった。「格子の浴衣」。
ナギ:あ、
「格子の浴衣」って、ゆすりの場で土手のお六が着てる、弁慶格子のキモノがヒントだったのね!
なつき:そうよぉ。ほら、「土手のお六」「喜平衞」って名前も入ってるでしょ?
ナギ:土手のお六の、
大詰めの踊りのときの浴衣も、いいよねぇ。白地に首抜きの、肩あたりにしか柄が入ってなくて、ほとんどもう白地の無地なんだよね。で、昼夜帯を引っ掛けにしてね。
なつき:
白地の浴衣は、涼しげでいいわよねぇ。で、お玉が「とーざいー、本日はこれ切り〜!」ってね、いい景色よねぇ。歌舞伎はやっぱり、こういう景色が好き! 歌舞伎っていうと、『暫』とか荒唐無稽な扮装をするものばかりクローズアップされがちだけど、こういう庶民の世話物にこそ、いい景色があると思う。
ナギ:私は荒事とかもバカみたいで好きだけどね(笑)。でもまぁ、歌舞伎っていうとイコール隈取り、みたいになりがちかもね。
なつき:隈取りなんてね、あたしは日常的にしてるから珍しくないのっ! やっぱりね、世話物の、
「下の上」のヤツらが出てくるのがね、いいのよ〜。
ナギ:貧乏人だったり、悪人だったり、犯罪者だったり、そういう「マイナス」方向に振れちゃった人々が活躍することが多いよね、世話物って。
なつき:土手のお六だって、裏店(うらだな)に住んでてさ、貧しいし、殺しもゆすりもやるけど、でもいい女なの。色っぽいの。
ナギ:つまり、
土手のお六も、ワイルドサイドを行ってるわけよね。
なつき:そう! 歌舞伎を見て、ワイルドサイドを歩く術(すべ)を学びなさい、ってことよ!
スカッとするって、どういうこと?
「スカッとする歌舞伎」「スカッとする浴衣」をめぐる考察
なつき:やっぱりね、歌舞伎は
スカッとするのがいい! よくさ、ヤクザ映画を見た人たちが、帰りに気が大きくなるとか言うけどさ、そういうのない?
ナギ:あ、それは同じだと思うよ。私、ヤクザ映画が好きじゃない? 私はね、歌舞伎とヤクザ映画は同じだと思ってるんだ。構造が同じだもん。
なつき:そうなんだ! ヤクザ映画が歌舞伎をマネしてるってこと?
ナギ:そうそう。そもそもの
東映任侠映画の始まりからして、『忠臣蔵』の構造を利用して作られたの。悪人の嫌がらせに我慢に我慢を重ねて、最後に斬りまくって遺恨を晴らすことで、観客が
カタルシスを得る、っていう。
なつき:カ〜タ〜ル〜シ〜ス〜!!!
ナギ:
…(笑)。だからね、歌舞伎でもヤクザ映画でも、映画でも小説でもいいんだけど、私は結局ね、そういう世界に入りたいんだよね、そういう物語のなかに入りたいんだと思う。そういう願望を叶えるひとつの手段として、こういう月影浴衣とかキモノがある、っていう。
なつき:あー!
「月影浴衣を着ると、スカッとする」とか
「月影浴衣を着ると、サーッと人がよけてくれる」とか(笑)、よく言われるんだけど、普段の自分とは別の自分になれる、っていうのはあるかもね。
ナギ:絶対あると思う。
なつき:あとね、非日常って言っちゃうとつまんない言い方だけどさ、やっぱり、舞台とかって「はかない」じゃない? どんなに派手でスカッとしても、必ず終わっちゃうでしょ? そういう
一瞬の「はかなさ」みたいなものは、「スカッとする」ということと、必ず繋がっているというか、
表裏一体だなぁと思う。
ナギ:ああ、それはいい話だねぇ。「スカッとする」ことも「はかない」ことも、もちろん日常にないわけじゃないけど、普段はスルーしちゃいがちだから
...。
なつき:日々忙しかったりすると、日常の瑣末なことにまぎれちゃって、そういうことに気づかないのよ。だからね、月影浴衣を着たときくらいは、「スカッとする」ことと「はかなさ」を感じることを、意識的に楽しんでもらいたいなーと。わかりやすく言っちゃうと例えばさ、花火とかね、そうでしょ?
ナギ:スカッとして、はかないねぇ...
花火、歌舞伎、月影屋。あら、リズムが三三五拍子(笑)。
なつき:でもさ、もっと細かいことを言っちゃうと、私の言う「スカッとする」って、他人に対してどうこうじゃないんだよなー。
ナギ:他人に対してエラソーにしたり、他人を蹴散らしたりとかじゃない、と?
なつき:そう。いわゆる
ルサンチマンからの行動では決してないの! ルサンチマンとか自分のなかのモヤモヤを解消するための行動は、「スカッとする」に当てはまらないっ!
ナギ:そうか〜。
なつき:自分のなかのモヤモヤなんか、そんなものはバッティングセンターかカラオケで解消しろ、ってだけの話でさ。
ナギ:あははは。確かに。
なつき:なんてゆーかさー、自分自身の「野心」は自分自身で成し遂げると。
ナギ:ほう。野心。
なつき:まあ、「自分の思うところ」というかね。
ナギ:なるほど。
なつき:他人に対してイバリたいからこうとか、他人にこう見られたいからこうとか、そういうのはカッコ悪い。そこはね、ヤンキー文化とは一線を画しておきたい(笑)。
ナギ:あくまでも、自分がこうしたいから、こうしてるだけです、っていうことか。
なつき:さっきヤクザ映画の話が出たけどさ、ルサンチマンを持ってる人が「オマエらこのヤロー」みたいに他人を威嚇する、みたいなのは、歌舞伎とは違うのかなと。
ナギ:あ、そこは解説しておきたいんだけど(笑)。さっき言ってた歌舞伎的なヤクザ映画、特に1960年代の、高倉健、鶴田浩二、
藤純子が活躍するような任侠映画は、「無私の人」による美しい行動を描いてるのね。あれは、
ヤクザの設定を借りた歌舞伎だから(笑)。でもね、1970年代になると、『仁義なき戦い』がその代表だけど、他人にイバりたい、他人にこう見られたい、ルサンチマンを解消したい、というような人間の卑俗な欲望も、描くようになる。同じヤクザ映画でも、1960年代と1970年代では、全然違うのね。...って、一人で語ってごめん(笑)。
なつき:さすが、早稲田大オープンカレッジで
仁侠映画講座をやっただけあるわね!
ナギ:今思ったんだけど、なつきさんの言う、その歌舞伎を見て「スカッとする」理由のひとつは、歌舞伎に出てくる人物のカッコイイ行動が、普通の人にとってはやっぱり難しいことだからじゃないかなぁ? 例えば、土手のお六も、悪事をはたらくけど、それは自分のためじゃなくて、実は自分の主人のためだったりするでしょ? 無私の人なんだよねー。
なつき:無私か〜! でもさ、それって要はさ、自分に対してツッパってるとも言えるよね。
他人に対してツッパるのと、自分に対してツッパるのは、違うと。その自分に対してツッパるっていうのは、カッコイイことだし、あたしたちだって結構やってると思うのよ。
ナギ:なるほど〜! カッコイイ言い方すると、究極は、自分自身との戦いだもんね!
なつき:月影屋だってさ、他人がどうこうとか、世間がどうこうとか、考えたことないもん。よくさ、「新しいことをやってますね」って言われるんだけど、新しいことをやるっていうことは、まず世間の状況ありきなわけじゃない? でもね、実はあたし、
新しいことをやりたいだなんて、一回も思ったことないわよ!
ナギ:ああ〜。月影屋って、実は古典的だもんねぇ。
なつき:ハイ、ここで爆弾発言しますけどね。私は、クラシックなことをやっていると思っておりますから。
月影屋は、古風なブランドでありたいと思っております。新しいことをやりたいとは、一切思っておりません!
ナギ:おお〜!(拍手)
なつき:これ、ゴシック体ボールドにして書いといて!
ナギ:今日はいろんな話が出たけど、結局ね、
「価値基準を、他人や世間に置くんじゃなくて、自分のなかに置くべし」ってことじゃないかと思うんだけど。どお?
なつき:おえぇぇぇ〜!!! まさにそれよっ!!!
ナギ:そういう人はおのずと存在感があるし、浴衣を着ればカッコイイ姿になるし、そういう人がいる景色は「いい景色」だ、と。
なつき:わお! まとめに入ったわね!(笑)
ナギ:そして、なつきさんは、他人や世間の評価基準じゃなくて、自分の評価基準によって、月影屋の浴衣をつくってる、と。
なつき:その通りよ。
ナギ:よって、月影屋の浴衣はカッコイイ浴衣である、と。
なつき:(笑)
ナギ:なんか、
『ソクラテスの弁明』みたいになってきた(笑)。
なつき:ま、最後にあたしが言っておきたいのは、我々の言ってることが理解できない人は、
とりあえず月影浴衣を買ってごらんなさいな? ってことかな!(笑)
ナギ:ハイハイ。まだまだ話足りないので、次回に続く〜! ってことにしようか。
なつき:そりゃもう続いちゃうわよぉぉ!!! 次回も、
夜露死苦!!!!!
井嶋ナギ
東京生まれ。
上智大学文学部にて江戸文学を学び、現在、文筆家。日本文化(着物、歌舞伎、日本舞踊、江戸文学、日本文学、日本映画など)を得意フィールドとし、「現代の生きた文脈で日本文化を捉えなおすこと」を課題としている。
著書に『色っぽいキモノ』(河出書房新社)。
http://amzn.to/2akdqVx
早稲田大学オープンカレッジにて、浮世絵、歌舞伎、映画、文学などを題材にキモノの歴史をひも解く「文化史講座」を開講中!
「井嶋ナギの日本文化ノート」
「井嶋ナギの浴衣講座」
重田なつき / 月影屋 店主・デザイナー
日本大学理工学部建築学科卒業。
2001年、月影屋を創業。2004年、渋谷区富ヶ谷に路面店をオープン。
今夏12年目を迎えたラフォーレ原宿エントランススペースのほか、伊勢丹新宿店、渋谷パルコ、福岡IMSなど全国でポップアップショップを開催。ロンドン・ファッションウィーク及びパリ・ファッションウィークへの出展や、台北でのポップアップショップなどを通じて、海外にも顧客層を広げている。また、特集番組を組まれたNHK
WORLDなどの国外向けメディアや、海外メディアからのオファーも多数。